おいでよ!トノフォン航空公園 第6回

2015.06.04 Thursday

さて、早いもので、この連載も最終回。6/7(日)のトノフォンフェスティバルも開催直前である。
そもそもこのコラムは全6回で出演者も6組なので、最初は1回ごとに1組ずつ出演者について書いてくれとの依頼だった。
しかし、1組ずつまとまった文量で紹介するのは難しいとか、なんやかんやゴネてたら、トノフォンフェスに関連することなら何でもいいです、ということになり、こんな感じの連載になった。
しかし、今回最終回ということで満を持して出演者紹介をしたいと思う。よろしくお願いします!
 
明和電機
ご存知、土佐信道氏が「代表取締役社長」を務めるアート・ユニット。自作楽器によるユニークなパフォーマンスは、海外でも高い評価を得ている。トクマルシューゴも明和電機の活動から多大な影響を受けている、というか、ただ単に大ファンらしい。
土佐社長やアシスタントの「工員」の皆さんが操る楽器は100V電源で動くため、雨を苦手とするが、今回航空公園の野外ステージは屋根があるため万が一雨が降っても安心だ。当日、トクマルバンドとのコラボレーションもあるかもという噂も。意外にも日本の野外フェスの出演は少ないとのことで、今回のトノフォンフェスでのライブは必見である。
 
 
森は生きている
リーダーの岡田拓郎氏率いるバンド、森は生きている。多才なメンバーが集まり、それぞれソロや他のバンドでの活動も活発に行っている。
トクマル曰く「どんどん進化しているバンドで、すごく面白いと思っている。不思議なバンドで、毒もあってその辺も好き」と絶賛。森は生きているもトクマルからの影響を認めていて、PRユースト、トノフォンレディオのゲストに来てくれた竹川、谷口の両氏に、トクマルにどのような影響を受けているか聞いたところ、「生活スタイル」「名前がかっこいい」とのこと。
日々進化し続けるバンド、森は生きているのライブは必見である。
 
 
yumbo
ホームタウンの仙台を中心に活動するバンド。リーダーの澁谷浩次氏がyumboの全楽曲を手がけており、トクマルもPRユーストで「全曲素晴らしい」と絶賛のコメントをしている。トクマルバンドとも縁の深い、芦田勇人氏もユーフォニウムで参加している。
ちなみに、芦田氏はなんと元高校球児で、野球がメチャ上手い。でもプロ野球には興味が無いらしく、じゃあなんで野球始めたの?と聞いたら、TVアニメ『タッチ』の再放送を見たのがきっかけとのこと。小学生のころ、物陰から新田の妹が見守っているのを想像しながらジョギングしていたという。
かといって野球漫画が好きだったわけではなく、他に影響を受けたものとして『侍ジャイアンツ』の再放送を挙げていたので、純粋にTVアニメの再放送の影響のみで野球をやっていたらしい。高校時代、ダルビッシュからバントを決めた実績を持つ。
さておき、今回は新曲を沢山やってくれるとの話。野外でのyumboのライブは必見である。
 
 
麦ふみクーツェ楽団
トクマルシューゴが音楽監督を務めた、つながる音楽劇「麦ふみクーツェ」。劇中に出てくる麦ふみクーツェ楽団が、舞台を飛び出し航空記念公園の野外ステージに登場だ。
本コラムの第3回でも触れたが、麦ふみクーツェ楽団は舞台に出演した俳優とミュージシャンの混合バンドである。今回出演できないメンバーに代わって、トクマルバンドのユミコと岸田佳也、ちんどんバンドざくろのメンバー等が参加する。
トクマルシューゴも指揮者として出演。舞台では松尾貴史氏が指揮者役で出演していたが、トクマルにも松尾氏のようなパフォーマンス並びに客いじりを期待したい。
舞台を見た人も見れなかった人も、是非野外で麦ふみクーツェ楽団の演奏を体験して欲しい。必見である。
 
 
neco眠る
昨年、6年ぶりに2ndアルバム『BOY』をリリースした大阪の至宝、neco眠る。トクマルの3rdアルバム『EXIT』のレコ発で共演していて、トクマルとはかなり縁の深いバンドである。
メンバーのBIOMANは過去のトノフォンフェスで、自作の有機野菜を販売していたけど、今回は売らないのかな?どうでしょう。(※今回はBIOMANの野菜の販売はありません)
トクマル他、最近ライブを見た人達が口を揃えて「最近のnecoのライブはヤバい」と言っていたので、トノフォンフェスでのライブも非常に楽しみだ。みんなで野外でnecoの音楽で踊りたい。もちろん必見!
 
 
トクマルシューゴ
トノフォンフェスティバルを主催するトクマルシューゴ。主催だけあってフェス3回目にして、3回連続の出場である。
先日の日比谷野外大音楽堂で行われた「Spring Breeze」でのライブも、久しぶりのライブの鬱憤を晴らすかのような、かなり勢いのある演奏だったので、トノフォンフェスの演奏も楽しみである。
残念ながら、今回はベースの田中馨がスケジュールの都合により不参加だが、代わりに新間功人(1983、ふくろ、ENERGISHGOLF、oono yuukiバンド、マリアハト他)が初参加。こちらも楽しみである。必見。
 
 
という様に、豪華なだけでなくユニークな組み合わせである。この先、この6組を一度に、しかも野外で見られる機会は二度と無いのではないだろうか。
トノフォンフェスティバルに行こうか迷ってるみんな、まだ間に合う。
おいでよ!トノフォン航空公園!

 

おいでよ!トノフォン航空公園 第5回

2015.05.21 Thursday

前回のあらすじ)トノフォンフェスティバル2015のフライヤーに描いてある地図の、運動場と野球場の位置が印刷ミスで逆になっていた。
 
Cという男がいる。CはAという男が憎くて憎くて仕方がなかった。ある日、ついに我慢も限界を超え、CはAを殺そうと決意するに至ったのである。
 
Cの考えた計画はこうである。
 
Cは友人のBと夜中の航空公園でたまにジョギングをしているが、そこにAを誘う。待ち合わせの時間は21時である。
 
待ち合わせ場所は航空公園内の野球場前。Aは航空公園に来たことがないので、地図としてトノフォンフェスティバル2015のフライヤーを渡しておく。
フライヤーには、航空公園駅からトノフォンフェスティバルの会場の公園内の野外ステージまでの地図が描いてある。しかし、実はこの地図に描いてある野球場と運動場の位置が、印刷ミスで逆になっているのだ。
 
航空公園に来たことの無いAは、その地図を見て野球場と勘違いして運動場にやって来る。夜間の暗がりでは、広い運動場のグラウンドを野球場と思い込むはずである。Cは運動場の木陰に隠れて待ち伏せしている。
 
Aには待ち合わせ場所に着いたらメールを送るように言っておく。そして、その後Aを殺して、すぐに自分は野球場に向かう。運動場から野球場へは成人男性が普通に歩いても5分はかかる。仮に21時に犯行を行うとすると、野球場に着くのは大体21時5分である。
 
警察の検視結果では、死亡推定時刻は21時頃と判断されるだろう。Aの送ったメールから、Aは21時に野球場にいたことになる。死体は運動場で発見されるから、Aは野球場で殺された後に運動場まで運ばれたと警察は考えるはずだ。
死体を担いで野球場と運動場の間を往復するには、どう急いでも10分以上はかかるので、21時5分に野球場にいるCに犯行は不可能と判断される。そういう算段だった。
 
当日、Cは待ち合わせの時間より大分早くから、運動場の木陰で身を隠してAを待ち伏せしていた。
その数日前に、音楽好きのAを誘ってライブを見に行き、会場のライブハウスに置いてあったトノフォンフェスティバルのフライヤーを地図として渡しておいた。
AはCから殺意を抱かれているどころか、憎まれていることにすら気がついていない鈍感な男だ。Cは自分の思惑通り、ノコノコと野球場と間違えて運動場に来ることを確信していた。
 
Aは待ち合わせの時間にキッチリ来るタイプである。待ち合わせの時間の5分前になると、Cは今か今かとAが来るのを待ち構えていたが、一向にAが現れる様子は無かった。そして、待ち合わせ時間の21時、Aから「野球場ついたよ〜」というメールが来た。しかし、運動場にAの姿はない。Aは間違えずに野球場に着いた様である。果たして、Cの計画は失敗に終わった。
「何故だ。Aはフライヤーの地図を見ずに自分で場所を調べて来たのか」Cは呆然とした。
 
しかし、Aはトノフォンフェスティバルのフライヤーの地図を見て、待ち合わせの野球場まで来たのである。
実はトノフォンフェスティバルのフライヤーの地図、2刷目からはきちんと運動場と野球場の位置が修正されているのである。CがAに渡したフライヤーは、その修正版の方だったのだ。(初刷のフライヤーを持っているみんなも、2刷目をゲットして確認してみよう!)
 
Aは野球場前で同じく時間通りに来たBと、Cが来るのを待ちながら、ぼんやりとトノフォンフェスティバルのフライヤーを眺めていた。
「トノフォンフェスティバルか……」
Aはこのフライヤーのおかげで命拾いしたということなど露知らず、一人つぶやいた。
「出演は明和電機、neco眠る、yumbo、森は生きている、麦ふみクーツェ楽団、そしてトクマルシューゴか。豪華だな」
Aの趣味は音楽鑑賞で、トノフォンフェスの出演者の名前はもちろん全て聞き覚えがあった。
「いや、豪華なだけでなくユニークな組み合わせだ。この先、この6組を一度に、しかも野外で見られる機会は二度と無いだろう」

 

第ー刷

第二刷(正しい地図)

 

おいでよ!トノフォン航空公園 第4回

2015.05.07 Thursday

一人の男が航空公園の運動場で殺されていた。仮にこの被害者をAと呼ぶ。検視の結果、死亡推定時刻は夜中の21時頃と見られる。
航空公園署の刑事、岸野はこの不可解な事件に頭を悩まされていた。


その日、Aは友人のBとCと航空公園内の野球場の前で21時に待ち合わせをしていたという。
Aは21時にBとCに「野球場ついたよ〜」とメールを出していた。Bは丁度その時間に野球場に着き、Cはその約5分後にやってきたという。しかし、待ち合わせ場所にAは居なかったと二人とも口を揃える。
 
Bの証言によると
「その日は、友人のAとCと夜中にジョギングをするために公園内で待ち合わせをした。自分は待ち合わせの21時に野球場前に着いたが、丁度その時、Aから「野球場についたよ〜」というメールがきた。辺りを見回したがAの姿が見えなかったため、電話を架けたがAは出なかった。その5分後にCがやってきた。
しばらくその場でAを待ったが、再度連絡しても繋がらなかったので、二人でジョギングをして帰った。
自分とCは航空公園には何度も来たことはあるが、Aは初めてだったので、Cが事前に地図を渡していたと聞いている」
という。Cの証言も大方同じである。
 
BとCの二人がその時間に野球場前にいたことは、夜中に公園内をウォーキングしていた主婦グループの証言で確認されている。その後二人でジョギングしていた姿も目撃されている。
 
Aは野球場に着いてメールを出した直後に殺されたと見られるが、不可解なのは死体は運動場で見つかったということである。
野球場から運動場までは、成人男性が普通に歩いても5分はかかる。仮にBが21時に野球場でAを殺害し、死体を担いで運動場まで運び、また野球場まで戻ってくるとなると往復で10分以上かかるだろう。Cがやってくる5分の間に野球場に戻るのは不可能である。
そもそも死体を担いで公園内の道を歩いていたら、他の夜間にジョギングやウォーキングを楽しむ人たちがその様子を目撃しているはずである。
 

「ではCが犯人だとすると……わからん」
と岸野刑事は頭を抱えた。どう考えても、BもCも21時頃に野球場でAを殺害し、運動場に運んでまた野球場に戻るのは不可能である。
煮詰まった岸野刑事は、Aの発見時の所持品を見直すことにした。
 
Aは発見時ジャージ姿で、所持品はポシェットとその中に入っている財布、携帯電話、そしてトノフォンフェスティバル 2015のフライヤーのみであった。
「トノフォンフェスティバルか……」
と岸野刑事はフライヤーを眺めながらつぶやいた。
「出演は明和電機、neco眠る、yumbo、森は生きている、麦ふみクーツェ楽団、そしてトクマルシューゴか。豪華だな」
岸野刑事の趣味は音楽鑑賞で、トノフォンフェスの出演者の名前はもちろん全て聞き覚えがあった。
「いや、豪華なだけでなくユニークな組み合わせだ。この先、この6組を一度に、しかも野外で見られる機会は二度と無いだろう」
 
岸野刑事はふとフライヤーの右下の部分に目を落した。そこには駅から会場の野外ステージへの地図が載っていた。CがAに渡した地図とはこのフライヤーのことだろうか。
岸野刑事はしばらくフライヤーの地図を眺めていたが、あることに気が付いた。そして、この事件の真相を解き明かしたのである。
 

犯人はCだった。
Cは、航空公園に行ったことの無いAに、待ち合わせ用の地図としてトノフォンフェスティバル 2015のフライヤーを渡していたのである。
実はこのフライヤー、印刷ミスで地図の運動場と野球場の場所が逆になっていたのだ。
航空公園に初めて来たAが、この地図を見て運動場にやってきて、夜の暗闇の中、広大なグラウンドを野球場と勘違いしてもおかしくはない。
 
Cは夜中の人気の無い運動場でAを待ち伏せし、野球場と思い込んで運動場にやってきたAを殺害、そしてその後そのまま野球場に向かったのである。
Cはアリバイ作りのため、Aに待ち合わせ場所に着いたらメールをするように言っておいたのであろう。Aがメールを送ると、背後から自分が送ったメールの着信音が鳴り、振り返るとCの姿が。そして……


フライヤーの印刷ミスが生んだ悲劇は、岸野刑事の名推理によって幕を閉じた。
しかし、安心して欲しい。このコラムの1回目と2回目に駅から会場までの行き方が書いてあるので、コラムを読んでくれているみんなは迷わず会場にたどり着けると思う。更に当日は、公園内に会場までの案内板が出ると思うので、野外ステージへの道のりで迷う事は無いだろう。


 犯行に使われた地図


 正しい地図


 
 

 

おいでよ!トノフォン航空公園 第3回

2015.04.23 Thursday

前2回のコラムは少しやり過ぎたという気持ちもあるので、今回は普通な感じで書きたいと思う。そもそも自分で書いておいて何だが、前2回のあれをコラムと呼べるのかどうか疑問だ。完全にフィクションである。
しかし、1回目と2回目に書いた、航空公園駅からフェス会場の野外ステージまでの行き方は本当なので安心して欲しい。あれを読んだら駅から会場までちゃんと行ける。
 
さて、先日私はトクマルバンドのユミコ(アコーディオン他)と岸田(ドラム)と共に、トクマルシューゴが音楽監督を務める舞台、「麦ふみクーツェ」を見に行った。この二人とはトノフォンフェスティバルのPRユーストリームも一緒にやっていて、劇中に出てくる麦ふみクーツェ楽団がフェスにも出演するため、取材も兼ねて観劇しに行ったのである。
 
「麦ふみクーツェ」の舞台は「つながる音楽劇」と銘打っている通り、音楽と物事の様々なつながりをテーマにしている。その一環として観客も演奏に参加できる場面があり、お客さんに楽器や音の出る日用品を持ってくる事を推奨しているという一風変わった劇なのである。
 
劇が始まる前に、楽団の指揮者役の松尾貴史さんが観客に音出しのレクチャーをする場面があり、その際にお客さんに話しかけたりもする、という情報を事前に聞きつけ、我々三人は松尾さんにいじられるべく気合の入った楽器を持っていった。
 
まずユミコが持っていったのは、バスリコーダーという巨大なリコーダー。松尾さんが、「皆さんの持ってきた楽器を見せてください」といって観客が楽器を掲げたら、真っ先に「あれは何だ」と松尾さんのみならず、舞台上の他の出演者からも反応があった。そして、その隣にいた岸田が2リットルの空ペットボトルやホースなどを持っていたので、松尾さんに「夏休みの自由研究みたいですね」と言われていた。
 
そして私が持って行ったのは、アンデスという楽器。見た目は鍵盤ハーモニカだが、笛の音が出るというもの。二人の持ってきた楽器が舞台上から反応があってイイなーと思っていたら、一人の女優さんが私の持っているアンデスを見て、「ここにも同じのがある!」と舞台上のアンデスを持って来てくれた。松尾さんに「それなんて楽器なんですか?」と言われたので、私は「アンデスです!」と元気良く答えた。
こうして、我々三人は松尾さんにいじられるという使命を果たしたのである。
 
周りを見渡すと、スプーンなどの日用品やシェイカーのような小物の楽器が多かったが、トランペット等を持って来ていた人も割といたので、楽器をやっている人は自分の楽器を持っていくと良いと思う。
 
劇伴は全てトクマルシューゴの手によるものである。原作を読み、舞台を見て感じたのが、原作のいしいしんじさん、そして舞台の脚本・演出を手がけたウォーリー木下さんも、音楽に対して前向きな希望を持っているということである。音楽は自由であり、人と人をつなげるものである、という思いを感じた。
そして、トクマルはその思いをきちんと音楽で表現していてとてもエラい。序盤の酒場のシーンで、尾藤イサオさん演じる主人公のおじいちゃんがグラスを叩く音から合奏に発展していく「エブリシングイズシンフォニー」の演出にはグッと物語に引き込まれた。
 
トクマルの音楽を演奏するのが、俳優とミュージシャンが入り混じる麦ふみクーツェ楽団で、本作の肝である。
この文章がアップされる4月23日現在では、大阪公演が行われているが、可能ならば是非「麦ふみクーツェ」、そして麦ふみクーツェ楽団を見に行って頂きたい。
見れなかった人は、6月7日のトノフォンフェスティバルで見ようではないか。

 

おいでよ!トノフォン航空公園 第2回

2015.04.09 Thursday

トノフォンフェスのPR用コラムの第1回目の原稿を読んで、トノフォンスタッフのAは怒りに震えていた。
トノフォンフェスのPRのための会議で、PR用のコラムをサイトに掲載しようと決まったのはいいが、そのコラムの執筆者として白羽の矢が立ったのは原という男だった。原が選ばれたのは、スタッフの一人が知り合いにコラムを書ける人間がいる、と会議で推薦したからである。しかし、原から提出された原稿に、Aは納得がいかなかった。そもそも、PR用のコラムを書けと言ったのに、何故フィクションを書いて送ってくるのか。
「バカかよ!」
と、怒りで汗ばんだ手で原稿を握り締めながら、Aは夜中の誰もいないオフィスで思わずつぶやいた。
 
それに今の時代、ネットにあげる無料の文章でも、いや、ネットにあげる文章だからこそ、モラルには気を使わなくてはならない。この文章にはフィクションとはいえ、犯罪を想起させるような描写もあった。PR文章にもかかわらずである。Aは前職は編集プロダクションで働いていた経験から、そういった表現の部分にはかなり敏感になっていた。
「株式会社トノフォンはコンプライアンスを遵守する企業なのだ」
その通りである。
 
これ以上どこの馬の骨かも分からない男に、フェスのPRを任せる訳にはいかない。コラムは自分が書こう、とAは決意した。しかし、問題はテーマである。今回の出演者、トノフォンフェスの歴史など題材は色々あるが、まずは会場の航空公園についてだろう。
 
翌日、早速Aは航空公園に向かった。ネットの無料コンテンツとはいえ、手を抜かずしっかりと現場で取材する。心のこもった、真に熱意のあるPRとはそういうものではないだろうか。
 

 
ということで、私、トノフォンスタッフAが、トノフォンフェス2015が行われる所沢航空記念公園にやってきました〜。今回は駅から会場の野外ステージへの道順を紹介したいと思います!
 

航空公園駅から所沢航空記念公園に行くには、駅の東口から出てください。
 

航空公園駅の外観は、所沢飛行場から飛び立った日本初の飛行機、アンリ・ファルマン複葉機をモチーフにデザインされています。
この日はあいにくの曇り空でしたが、トノフォンフェス当日はきっと晴天に恵まれることでしょう。
 

お分かりいただけるだろうか。曇ってます。
 

航空公園駅を出て、右手にすぐ所沢航空記念公園があります。近い!


園内に入ってすぐ、いい感じのオブジェもあります。
 

野外の航空機の展示もあります。中型機ですが、間近で見ると結構迫力がありますよ!
 

オブジェと航空機の間の道を進んでいきます。公園内は自然が豊かで、歩いているだけで気持ちがいいんです!
しばらく道なりに歩いていると、道路を渡る連絡橋が見えてきます。
 

ここまで来ると会場までもうすぐです。連絡橋をわたりましょう。
 

橋を渡ってすぐ右に曲がると、野球場が見えてきます。この日は少年野球の試合をやっていました。
こうした何気ない日常の隣り合わせで行われるのが、トノフォンフェスの魅力の一つです。
 

球場の向かいに会場の野外ステージがあります。この階段を登るとすぐその先に……
 

野外ステージが……
 

 
その後、Aの消息を知る者はいない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

おいでよ!トノフォン航空公園 第1回

2015.03.26 Thursday

トノフォンフェス運営スタッフから「トノフォンフェスのPRのために、ひとつフェスに足を運びたくなる様なコラムをよろしく!」という依頼を受けたため、今回トノフォンフェスについての文章を書くこととなった。今回の出演者、トノフォンフェスの歴史など、書く題材は色々あるが、まずは会場の航空公園についてだろうと思い、私は取材のために航空公園に向かった。この日は知人の紹介で、航空公園に詳しいというI氏に公園内を案内してもらうことになっていた。

I氏とは航空公園駅の改札口で待ち合わせた。改札を抜けると、ジャケットにチノパンをカジュアルにコーディネートした、にこやかな40代くらいの男性が待っていた。
「Iさんですか?はじめまして」
 「あ、どうも、はじめましてIと申します。くそったれ!」 
初対面のI氏に挨拶をしたら、いきなり罵られてしまった。私は面食らって
「あの、何か失礼でも……」
と尋ねたら、
「何ですか?」
と何事もなかったかの様である。私は気を取り直して、航空公園を案内してもらう事にした。

 「航空公園は正式名称を『所沢航空記念公園』といいます。元々は1911年にできた日本初の飛行場、所沢飛行場がありました。日本で初めて飛行機が飛び立ったという場所で、日本の航空発祥の地として知られています。ちくしょう!友達だと思ってたのによ!」 
と、I氏がまた急に激昂したので、私は驚いて固まってしまった。しかしI氏は何事もなかった様に、にこやかな表情で、
「あ、航空公園は東口から出てすぐです」
と案内を続けるのである。

しばらくこの調子でI氏と話していて気づいたが、どうやら彼は過去の辛い出来事について、無自覚にひとり言を言っている様なのである。本人に自覚がないならしょうがないので、私はとりあえずI氏のひとり言は無視することにした。

「所沢飛行場から飛び立った日本初の飛行機は、アンリ・ファルマン複葉機で、航空公園駅の外観もその複葉機をモチーフにデザインされているんですよ。周りの奴らも周りの奴らだよ!」
「そうなんですね」
 「公園には、日本の航空発祥100周年の石碑もあるので、後で見にいきましょう。どいつもこいつも嘘つきだ」 
「はい」
I氏に何があったのか気になるところである。

公園に入って少し歩くと、大きな飛行機が展示されていた。
「あの飛行機は何ですか?」
「YS-11です。戦後初の国産旅客機なんですよ。展示自体は平成9年から行われています。あれは2ヶ月前のことだった。俺はいつもの様に行きつけのバーで飲んでいた」
「あ、割と最近の話なんですね」
 「そうですね、60年代に開発された機種ですが、現役で運用している所もあるみたいですよ。その日、バーの常連で飲み仲間の松岡が、いい儲け話がある、と言ってきた。しかし、話を聞くとそれは違法なヤマだった」 
「それってヤバくないですか」
「いやいやそこは”ものづくりニッポン”、古い機種でも安全性はしっかりしてますよ。フェス会場の野外ステージは、この先の連絡橋を渡った先です。俺は躊躇したが、松岡は、お前は準備に必要な金だけ出してくれれば儲けた金の半分をやる、と言った。それで俺はその話に乗ることにしたのだ」
「危ない橋を渡るってやつですね」
「なにを言ってるんですか、この連絡橋はコンクリート製で、フェスで沢山の人たちが渡ってもビクともしませんよ。橋を渡ってすぐ道を右に曲がって、道なりに進むと野外ステージです。金を渡すと、それ以降あいつと連絡が取れなくなった。お決まりのパターンさ」
「なるほど、分かりやすい」
「はい、当日は会場への案内板も出せるので、野外ステージまでの道順を迷うことはないと思います。バーの他の常連たちに聞いても、松岡の行方は知らないという。それで、もう居るはずもないと思いつつ、松岡の家を訪ねた。『松岡』という表札は出たままだが、もちろんすでにあいつが居る様子はなかった。その時、俺は松岡の家の外観に何か違和感を感じていたが、それが何かは分からなかった」

私たちは、野外ステージに着いた。野外ステージはイベントがある日以外は閉まっているので、私たちは元来た道を引き返した。
「その時に感じた違和感がどうも気になって、翌日にもう一度、松岡の家を訪ねることにした。家の前に着くと、一日の間に、表札が『松岡』から『岡本』に変わっていた。表札が『松岡』から『岡本』に変わる……『松岡』から『岡本』……。その時、俺はとんでもないことに気が付いた。いや、こんなことにも気が付かなかったなんて!そして玄関のドアを強引に打ち破り、家の中に入ると、俺は自分の予想通りの光景を目にした」
と言って氏は足を止めた。

「それから?」
と私も足を止めて尋ねると。
「これで終わりです」
とI氏は答えた。
「以上が、航空公園駅の改札からトノフォンフェス会場の野外ステージまでの往復の道のりです」
どうやら、I氏のひとり言を夢中になって聞いているうちに、気がついたら駅の自動改札の前に帰って来ていた様である。(それだけ駅から野外ステージへのアクセスが良い)

取材を終え、これ以上I氏に用事はないので、礼をしてそのまま改札を抜けて帰る事にした。振り返ると、I氏がにこやかな笑顔で見送ってくれていたが、その表情から彼が何を見たのかを読み取る事はできなかった。

 
TONOFON FESTIVAL 2015
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